2010年1月23日土曜日

懐かしのシネヴィヴァンで

あたしが大学2年生の頃(Wow! Twenty years ago!!と英語で書いてみても意味緩和されず)
当時早稲田大学の学生だったかおりちんに誘われて、六本木のWAVEの下にあったシネヴィヴァンにてセルゲイ・パラジャーノフ監督の「ざくろの色」って映画を見たの。
見た時まじで脳みそスポンジになったかと思うぐらい意味不明で、途中で
「なんじゃごぅぅるぁぁぁ?!?!」って感じだったんだけど、
その鮮烈かつ奇妙、神秘的でアーティスティックな映像美が20年間忘れられず脳裏に焼き付いてたの。ちなみにこの映画の制作は1968年ね。
昨日YouTubeで見つけたときはマジで嬉しかったわぁ。70分間一気に見ちゃった。
いまだ意味不明だったけど、その映像美には20年前よりも感動した(セリフはほとんどありません)
映像のこと良くわからないけど「天才なんだろうなぁ。」って感じはこの凡人のあたしにもなんとなくわかる。
その当時、パラジャーノフのことなんて全然知らなかったのに、今調べてみたらなんともまあ旧ソビエトで激動の一生を送られた方だったのねぇ。
セルゲイ・パラジャーノフのWikipedia


「ざくろの色」←クリック


あぁ、それにしても20年なんてあっという間ね。
WAVEとシネヴィヴァンと青山ブックセンターがある六本木って本当に素敵だったわよね。すごくイカしてた。(ABCは今もあるけど)
岩波ホールもシネヴィヴァンも無くなっちゃって・・・どうすんの、東京?!

 最近またフォトショップに凝っている
暇?

8 件のコメント:

あやん。 さんのコメント...

シイネヴィヴィアン、良かったよねえ。
私はあそこで初めて、「ピンクフラミンゴ」観ました。
わたくしも大学2年生の頃(ほんのちょっと前)でした(遠い目)。
田舎から出てきたわてには六本木は恐ろしかったどす。

まぁちゃん さんのコメント...

あやん嬢> あんたが大学2年の10年前(暴露)ぐらいは多分ギーロッポンが一番怖かったかもね。
あたしそのころNYにおったけど、そのころ一回行った六本木がいらい場末化しててビックリしたもん。今あれだけよく立て直したと思うわ。

あやん。 さんのコメント...

正確には11年前。
ほんまやなあ。今のがずっと安全やな。
なんかクラブ(踊る方の)の呼び込みの黒人の人とかに腕つかまれたりしたよ。
ニューヨークでもされへんかったのに。

ZNK さんのコメント...

なつかしぃ、六本木WAVE. もう消えてなくなる直前にやっとこさ家を出たので、WAVEなんて大人に感じたよ。。コンクリート打ちっぱなしの店内とかさ。
お店に入るとなんだか緊張したな~。

ちなみに、あたしが高校生の頃行ってた六本木は1990年以降より安全だったよ。やっぱりイラクに旅立つ米兵さんが自暴自棄になったころが一番どこも怖かったさ。いろいろ見たなー(=_=)遠い目

まぁちゃん さんのコメント...

あやん嬢&ずぃ嬢> で、いつが一番怖い六本木だったのか、イマイチ判らず。
80年代安全だったけど90年代に入って怖くなった、そしてまた最近になって安全になってきた、っていうまとめでいいのかしらん?

ZNK さんのコメント...

やだん。。。あやんさん11年前って仰ってる。。11年前なんてあたしすっかり大人。はじゅかち(>。<)

まぁちゃん、多分イラク戦争時が一番バイオレンスだったわよ。ばばーの知る限り。

あきちゃん さんのコメント...

再開発も進んで、僕が首都圏に生活の拠点を移した13年前からはずいぶん綺麗になったと思います。
引っ越した当時、六本木ピットインというライブハウスにドキドキしながら行ったことを思い出しました。

先日元吹奏楽部部長とアークヒルズでお茶していた時にも同じ話題が上ったのは偶然でしょうか。

ただ未だに飯倉の交差点から六本木交差点までは歩く気がしません。

「当時早稲田大学の学生だったかおりちん」とはあの「かおりちん」でしょうか。
年賀状のやり取りは未だに続けております。元気そうですよ。

まぁちゃん さんのコメント...

あきちゃん> か、かおりちんどこに住んどるのぉ?!?
飯倉の交差点から六本木はどうして歩く気にならへんの?そういえば一番そこが呼び込みが多いよね。8888ナンバーも多いわ(爆)。