2010年8月9日月曜日

四十路からのウィーン


ミニチュアウィーン


今更ながら・・・。
「なんで40(念のためクラウディア・シファーと同い年)になるまでウィーンに行かへんかったん?!まぁちゃんやったら何回も行ってそうやのにっ。」と仲良い友人に驚かれました件。
あたしがいろんな所に旅行してると勝手に想像してくださるのはありがたいわぁ。
兼高かおるや岸ユキやひょうきんユミじゃないっつーの、あたしゃ!

その友人は続ける・・
いやぁ、そやけどいちおう(←失敬な強調)ピアノしてたらウィーンは見とくやろ。
三味線してるのに日本に行ったことないフランス人みたいなもんや・・・って・・・。言い得て妙よね。

内なる心に聞いてみるとなんとなく拒否してたのかも、ウィーンって街を。

あたしが音大卒業した1990年代初頭、まさにバブル期真っただ中。
お金持ち子女達(特に田舎の)は猫も杓子もピアノが上手い下手にかかわらずみーんなウィーンに行ったもんよ(ジャパンマネーで)
ピアノやってるアヒル顔のワンレンジュンコシマダ女達がルイ・ヴィトンのキーポルをベーゼンドルファー(あぁ今はヤ○ハ傘下になってもうた)のピアノの横において下手なシューマンの「ウィーン謝肉祭の道化」のレッスンうけているおぞましい光景を目に浮かべてたわけ。(素晴らし過ぎるニコライエワの演奏でどうぞ)
まったくエロくないっしょぉ?

さらには、その当時音楽事務所で働いていた人が言うには「日本ではウィーンと付けとけばチケットが飛ぶように売れるんだよね。日本だけで活動してる楽団もいるんだよ。ウィーンフィルぐらい価値があると思ってる人多いんだよねぇ。(1990年頃の話よ)」って。
そう言われてみたら「ウィーン○○○○オーケストラ」「ウィーン●●●フィルハーモニック」みたいなインチキっぽいネーミングのオケがゴチャマンとあったもの。

ってなわけで、自分がピアノ下手なの棚に上げてそんなバブリーな日本人の一人にはなりたくないっ!もっとハングリーなところで学びたいっ!という強い思いと、ウィーンという街が無知だけど金満な日本人から金を搾取してるという間違ったイメージがあたしの中で完全にできあがってしまった、というのがあたし足をウィーンから遠ざけていた理由であった。

嗚呼、拒否しててすまんかった。間違ったイメージ抱いたままいて悪かった。
ホンマに無知なんはあたしですぅ。
40年間大変お待たせしました、ヴィエナ(あくまでも自己チュー)。
Here I come,finally!

もちろんつづく・・・。

PS:ドイツ語でヴィーン。英語でヴィエナ。はて「ウィーン」とはどこから?

2 件のコメント:

あきちゃん さんのコメント...

まず鯛が腐っても鯛で有る様にヤ○ハ傘下であろうが無かろうがベーゼンドルファーはベーゼンドルファーです。ご安心下さい。

もうウン十年ほど前のお話、奥さんがウィーンのピアノの先生のところにレッスンに行ったときに、ベーゼンドルファーを初めて弾かしてもらい、鍵盤の軽さに仰天したそうです。
でもその先生曰く「ホール内空調に音が左右されないヤマハとカワイがいい」とのこと。
弘法は筆を選ばない実例を聞かされました。

マッチョな筋肉美のスタンウェイ、優雅な脚線美のべーゼンドルファー、機械油にまみれた職人さんのヤマハとカワイと言う感じですが・・・。

私も続きます。おつきあい宜しくお願いします。

まぁちゃん さんのコメント...

あきちゃま。暑いのに熱く語って下さってありがとう。弘法は筆を選びませんっ。まさしく。
でもホール内の空調にヤ社とカ社の音が左右されないかどうかは・・・むむむ。かな。音になってしまった瞬間それは空気にゆだねられてしまうので、やっぱり左右される気はするんだけど・・・。
どうだろう。