2010年12月12日日曜日

ミラノの奇跡


普段は曇りばかりなのに晴れた時にはどの街よりも美しい青空が広がるミラノ

スウェーデンでファビュラスな誕生日を過ごしたあたし。
その足でコペンハーゲン空港からミラノへ来てみたら、そんなスウェーデンでの思い出が一瞬にしてどこ吹く風になっちゃった、気まぐれ41歳どうぇーす。

実はミラノにはことのほか強い思い入れのあるの。
人生最初に訪れたヨーロッパの街がミラノということもあるけど、ここであった様々な出来事を思い出すとなぜか涙が頬を伝って流れおちる・・・。

約15年前、親友のマミエとニューヨークから今は亡きTWAに乗って初めて舞い降りたイタリア。ミラノで声楽の勉強をしてたTちゃん夫婦を訪ねてやってきたのだった。Tちゃん夫婦(大学卒業した瞬間結婚した)とマミエとガレリアをそぞろ歩き、極悪都市ニューヨークから来てるあたし達に向かって「財布気をつけてっ!ここは日本じゃないのよっ!」というTちゃん妻の発言にマミエと笑っちゃったっていう。
その次はその1年後にわたしの母と親友だったHさんと。
あたしがニューヨークのアパートに不覚にも母の「ニューヨークー東京」のチケットを置いて来てしまったので、母がアメリカに再入国ができないとミラノの空港で言われ、ミラノから直接成田に帰らなくてはいけなくなり、もう大パニック。
チケットの手配など忙しいTちゃんが一生懸命やってくれたのです。 Hさんも母を案じて(彼女はNYにその日に帰らなければならなかった)空港のカウンターで母の為に泣いてくれました。
3度目はNY時代の友人のジョヴァンニが駆け出し弁護士としてミラノに住み始めたので、彼のボーイフレンドだったジョンにくっついてジョヴァンニのアパートで1週間ほど過ごし、三人でマジョーレ湖畔のストレーザにドライブに行ったり、もうそのころすっかりミラネーゼになってたTちゃんと4人でディナーしたり楽しかった。
4度目はその頃マンハッタンの銀行でバリバリ働いていたおさーんと。 モンテナポレオーネのLoro Pianaで初めてカシミア・シルクのスカーフを買ってもらって大感激(☜可愛かった)。

とんと7年ほどご無沙汰していたミラノ。
その間、私の人生にもいろいろなことがありました。

その後Tちゃんは奥さんと離婚。歌に生き愛に生きした後再婚。現在日本で大活躍するオペラ歌手になった。奥さんのほうもイタリア人と再婚。
マミエはミラノに行った当時から付き合ってた人とその直後結婚。子持ちに。現在は3人で中国で幸せに暮らしている。
母は空港でそんなドラマがあったことも忘れ、今ではミラノの思い出を懐かしく語る老婆に。
空港で泣いてくれたHさんとはその後の意見の食い違いから絶縁に。
ジョヴァンニはジョンと別れ、ミラノの一等地にデカいアパートを購入するぐらいの敏腕弁護士に。ジョンはアリゾナ州立大学の教授に。
おさーんは東京転勤後にリセッションで銀行から解雇され、また本職の物理学に戻り今ではスウェーデンの研究所で働くようになった。

どの回もその後フィレンツェ、ヴェニス、ローマやらに行ってミラノが本当の旅の目的ではなかったはずなのに、なぜかミラノでの出来事がことのほか印象深い。
ヴェルディ音楽院でのTちゃん夫婦との会話や、1番のトラムの中でのジョンの他愛ない冗談を昨日のことのように思い出してしまう。
この街の持っている華やかな中にもうら寂しさが漂う雰囲気も手伝ってあたしのセンチメンタリズムを掻き立てる。
須賀敦子の「ミラノ霧の風景」を何回も読み返してしまい、そのたびに涙してしまうのはそのせいかもしれないわ。

あぁ、この年でこんな過去を振り返るなんて・・・人生後半に突入した証拠かしら。

人々のいろんな思いを乗せて走る1番のトラム
なにもかも15年前と同じ

ちょっとしんみりしちゃったけど、次回はほぼ18禁の「ジョヴァンニとアンドレアとの秘め事」でピンク色に(爆)♡

2 件のコメント:

あきちゃん さんのコメント...

今日のブログ読んでいたら、10年前に会社の社長を特別背任で告訴したことなんかかわいく思えてきた。

でも関係者全員の所在が今わかっている事だけでもすごいと思う。

まぁちゃん さんのコメント...

あきちゃん> あ゛・・可愛く思えてよかったね(汗)。日本っていつの時代にも「所在」が結構ハッキリしてるからすごいわよ。この携帯PC時代世の中からバッくれることなんて絶対無理だと思わない?