2011年12月16日金曜日

ウォシュレットがあっても

ミラノやパリでファビュラスな時間を過ごし「やっぱり最後に住むのはパリ」などと脳内で「幸せ汁」を多量に放出しながら言ってるわたしだけど、日本で2週間も過ごした今、その脳内の幸せ汁を作る機械自体が壊れてしまった感がある。
滞在の前半に食あたりと疲労で体を壊してしまったこともあるけれど、精神面では全然飛べない帰国だった。

小さい理由を言及するのはやめるが、
幸せや快楽は罪、みんな同じように生きましょう的な国民性が我が祖国の古来からの特質とはいえ、やっぱり同調できないわー、わりーけど。
(他人とは同じように生きたくない、と思ってる人達もまた結局「同じように生きてる」又は社会から逸脱しまくってるところがアイロニー。)

口では自由を謳いながら、結局は人の目や言動を「必要以上に気にする」という特性を惜しみなく披露してくれる人はわたしの廻りにも多い。
「あなたはいいわねロンドンやらスウェーデンに行けて。日本はみんな大変なんだよー。」(みんなってどれぐらい「みんな」なのかしら)
そういう人に「あんたは可哀想よねー。ロンドンやらスウェーデンに行けなくて。」
と、 ブっといもん一発ブチかましてやりたいのがホントのところ。
ここでくすぶって人のこと羨んでるのはあんたのせい、あなたがやった選択の結果なのよ、と。しかも 
「あたしも十二分に大変なんだよぉっ!(`´メ)」と。
でもあたしはラファエロの描くマリアのような慈愛に満ちあふれた微笑で「イギリスもスウェーデンも食べ物まずいよぉ。超暗いしさー。ウォシュレットもなくてケツも洗えないんだから。(全部ホント)」などと、言ってあげると相手は安心したように「そうよね。そんな国に絶対に住めないわね。イギリスなんてそういう点で皆最悪だ、って口をそろえて言うわよね。日本よりいろんな意味で30年は遅れてる、って。紅茶も日本で飲むほうが美味しいって。」と言う(実際言った)。
「ほんと、その通りよ♡」と勝ち誇ったように言ってあげる。 心の中で「でもどうしてそんなに遅れてるイギリスの自殺率は世界58位と日本に比べぐーんと低いのかしら?」と思いながら。
自分よりも劣ったものを提示してあげないと幸せ度って計れないもんなのかしら。

そんな感じの人にブータン王国の人達の幸せ度が高いことをことさらお伝えする意味なんてあんの?って思うのはあたしだけ?
幸せ度と貧しさはまるで違うと言いたいらしいけど、ここまで金満社会でたらふく食ってきた国にいまさら「貧しくても幸せになれる」は説得力に欠けるってもんでねーの?
一方で「そのブータンの王妃が持ってたバッグが100万以上のバーキン。それってどうなの?」
、ってどうなの?エコバッグだったら良かったのか。

飛べなかったが、なかなか人生についていろいろ考え、意味のある帰郷ではあった。
無事厄年も息災に終えることができたこと、廻りの皆様や天照大神に感謝いたします♡

会おうとしてくれたみなさんありがとう。
時間がなくて本当に失礼いたしました。m(_ _)m

2 件のコメント:

sono-p さんのコメント...

ウォッシュレット無くてもいいから、地球のそちら側に私も連れてってーーーーん!人の目なんか全く気にしない、だってロンドン育ちじゃん。なのに、ここに住んでいると、人の目が気になっちゃうのが不思議!そんで、未だに持ち物、服装、車、時計など物質的な物で人を判断するのよね。最近貧乏できったない格好しかしていない私は格が下がったもんだ...
。・゚゚・(>_<)・゚゚・。

まぁちゃん さんのコメント...

sono-p> 日本にずっといるとなんで人の目が気になっちゃうんだろう。うちの母とか「その服やめて。人に恥ずかしいから。」とか平気で言うんだよね。その「人」がいったいあたしに何してくれるんだよっ!って思うわ。