2013年12月19日木曜日

すごい誕生日だった(2)



永遠の都ローマにいながら、パンテオンもピアッツァ・ナヴォーナもコンドッティ通りもそこそこに、今回のメインイベントの一つであるパドヴァに向かった。
ヴェネチアにも近い北イタリアの古都パドヴァにあたしの大学時代の先輩であり、現在はソプラノ歌手として内外でご活躍されてるBやんを訪ねるためだ。
じつは、Bやんのことは大学時代には存じ上げず、直接はなんと偶然にツイッターで繋がったのだった。


人がごった返すパドヴァの駅に迎えにきて下さってたBやんは、あたしがツイッターやら度々いただいたメールから得た印象と1㎜とも違わないお人柄で、その寸分違わなさに返っておののいてしまった。
会った3秒後から「いやだ、久しぶり♡元気してたぁ?」って言ってしまうような気分にさせられる人だ。


チキンのパテのパスタ

アメリカの大学院に行った時に、日本の他の音大からやってきてるみなさんの性格の悪さ・・・人一倍大きい野心違和感を抱きながらも、そのまんまそのレールに乗せられそうになって、中途半端なまま今にいたっていたのだけど、そんな虚構のレールからすとんと下ろしてくれるようなほんわかとした癒しのパワーがあるのよ、Bやんには。
と、書いたけどそれはあたしが勝手に感じたことであって、Bやんとは始終関西弁での浪花おばちゃん的な会話だった(関西弁との人とは関西弁で喋らはるんやって)。がははは。
普段はスウェーデンの闇の中に籠っているからであろうか(爆)、Bやんに(パユさまにも)いつも食わしてもらってない狼みたいにノンストップで喋ってしまったかもしれないわ。
今思い出すと恥ずかしい。
音楽教師と生徒のあり方なんていう真面目な話なども織り交ぜながらこの学術都市パドヴァをてくてくと歩きまわる。
ジョットの最高傑作であるキリストの生涯が描かれたスクロヴェーニ礼拝堂に二人で向かうも聖アントニオの舌と下あごが祭られてるSant'Antonio da Padova聖堂に行っても、イタリア一大きな広場Prato della Velleに行っても、同じ大学の先輩とこういう形で巡り会い、彼女が20年近く住んでる街を歩いてるって事実のほうに感動して、あんまり見てへんかった。ごめw しかも写真もあんまり撮らなかった。涙。
こういう出会いはあるべきしてあるのだろうけど、やはり奇跡を感じずにはいられない。
ただ、ランチを食べてる時だけは集中した・・・。Ω\ζ゜)ちーん

っていうか、パドヴァは形容できないほど綺麗かつ清潔、そして何よりも学生が多く活気のある街です。
須賀敦子みたいに街と向き合いたかったら独りでどうぞw



パドヴァのシニョーレ。毛皮なのになぜかバッグはコンバースw


その後、日帰りするつもりだったにもかかわらず喋り足りないあたしは、電車のチケットを放棄してまでBやんの家に泊まることにしてしまった。
大人しいピアニスト=指揮者のご主人と、Bやん、そしてBやん夫婦が飼ったばっかりの白いワン子ユキちゃんとのディナーだった。あまり人馴れしてないユキちゃんはあたしに始終いちゃもん付けてたけど、ワンコGスポット(耳の後ろ)を攻撃してたら最後には慣れてきたわ(が、次の日にはまた他人にw瑠璃の島かっ)。
そのテーブルで頂いたスペッツァティーノやおぜんざいと言い、まるで普段二人でもこうしてるんだろうと思わせる彼らのおもてなしのわざとらしくなさと言い、久しぶりに押し付けがましくない「真心」に触れた気分で、最高のバースディとなりました。
ハッピーバースデーtoミー!!!(ふたたびウザい)

(っていうか、音大の後輩とは言え知らないあたしを泊めるなんてww あたしの言うことが全部作り事で実は強盗だったらどないすんのよ・・・って泊めてもらいながら彼女とご主人の人の良さをちょっと心配するあたしww 次の日にまったくの別人のホンモノの「まぁちゃん」が『一日遅れちゃってごめんねーっ』って来たらどうすんのよ。がはははは。)

スペッツァティーノ


夕暮れ時にBやんとゆきちゃんつれてお散歩に行きました。
外に出てみたら、そこはあたしの知らないガリレオ・ガリレイが闊歩したであろうパドヴァではもはやなく、夕日の沈みそうな懐かしい東村山だった。

一瞬東村山かと見まごうた

次の日の朝(あたしの誕生日の12月6日でした)、肌にまとわりつくような寒さで、気温はマイナス3℃とかだったけど、電車が発車するまでホームで見送ってくださったBやん、今こうやって思い出しても涙出る。
パユさまにおごってもらったランチが霞の向こうに追いやられたパドヴァだった。

また会う日まで♡

が、あたしの誕生日ウィークはまだまだミラノで続く。がははははは。

ゆきちゃん

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